【新歓兼5月散策】南禅寺・平安神宮神苑

新入生と一緒に南禅寺と平安神宮神苑を散策してまいりました。天気予報では雨の可能性が高く不安でしたが、幸いにも少ししか降らず、楽しく散策できました!

南禅寺

南禅寺が建っている場所は古くから福地として知られており、1264年に後嵯峨天皇が母の大宮御所として離宮、禅林寺殿を建てたのが始まりです。禅林寺殿が禅寺となったのは1291年です。伝承によると、禅林寺殿にはこのころ妖怪が出没し、時の法皇・亀山法皇を悩ませていました。この妖怪を追い払ったのが東福寺の無関普門禅師という僧侶です。このことにより、亀山法皇は無関普門禅師の徳を讃えて、開山として迎え入れ禅林寺殿を龍安山禅林禅寺に改めました。天皇の発願によって建てられた寺院としては日本で初めてのものとなります。南禅寺と呼ばれ始めたのは1308年ごろからです。龍安山禅林禅寺を創建してすぐに無関普門禅師が亡くなり、そのあとを引き継いだ南院国師によって伽藍が整えられました。このことから、後宇多天皇が南院国師の「南」をとって太平興国南禅禅寺と名が付き、南禅寺と呼ばれるようになったといわれています。

南禅寺は度重なる火災にあっており、当時の姿はほとんど残っていません。創建当時のものは応仁・文明の乱によって焼失。その後1606年に豊臣秀頼によって大改築されたものの、明治26年に再び火災で焼失してしまいます。現存する南禅寺の法堂は明治42年に再建されたものです



今回は、蹴上駅を出た後蹴上インクラインに行ってから、南禅寺に向かいました。正面から入り、三門の上、五鳳楼に上りました。南禅寺歌舞伎演目『楼門五三桐』で石川五右衛門が言った名台詞「絶景かな絶景かな」の舞台としても有名です。桜と紅葉の季節からは、はずれていましたが、緑がとてもきれいでした。

その後、少し上り、水路閣に向かいました。明治23年、琵琶湖の湖水を京都の街へと運ぶための水路橋として造られました。古代ローマの水道橋を参考に設計されており、橋の下部分が美しいアーチ型になっているのが特長です。建設当時は寺院とのミスマッチを指摘され、かの福沢諭吉も反対を表明していたといいます。しかし、現在では土木技術史上極めて貴重な建造物という評価を受けており、昭和58年7月1日、日本を代表する近代化遺産として国の史跡に指定されています。去年来たときは、工事中で琵琶湖疎水が流れているところは見られませんでしたが、今年は見ることができました!

平安神宮神苑



続いて、平安神宮に向かいました。平安神宮は、1895年(明治28年)4月1日に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として1893年(明治26年)に実物の8分の5の規模で復元されたものです。1976年(昭和51年)1月6日、火災(平安神宮放火事件)が発生し本殿・内拝殿など9棟が炎上、焼失したましたが、全国からの募金により、本殿や内拝殿は3年後に再建されました。


神苑では、様々な植物が植えられていました。この時期は特に鮮やかな杜若と睡蓮を楽しむことができました。

寄稿:2年 城本

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