【12月散策】三十三間堂・養源院

12月26日に3回生追いコン散策を行いました。今回の散策では三十三間堂と養源院を訪れました。

三十三間堂

正式名称は「蓮華王院(れんげおういん)」といい、もとは平安後期に院政で国を治めた後白河上皇の離宮です、その本堂が「三十三間堂」と通称され、これは東を向いて南北にのびる本堂には柱が33あることが由来となっています。


本堂に入ると本尊である「千手観音坐像」(国宝)を中心に、等身大の「千体千手観音立像」(国宝)が整然と1000体並んでおり圧巻でした。

観音様のお顔立ちはそれぞれ異なっていて、知り合いに似た観音様を探したりして楽しみました。

また、千体観音像の前には観音二十八武衆に風神雷神を加えた30体の等身大の尊像が安置されています。

養源院

次に、三十三間堂の向かいにある養源院を訪れました。こちらではガイドさんが本堂の中を案内してくださいました。

養源院は「血天井」が有名です。関ヶ原の合戦の直前1600年に石田三成と争っていた徳川家康は上杉討伐に向かうため、伏見城を幼い頃からの側近である鳥居元忠に守らせました。徳川不在の伏見城を守らせるというのは石田三成をおびき寄せる作戦でもあったが、元忠は最後まで家康のために忠義を果たし、たった1800名の兵で総勢約4万の兵から伏見城を死守しましたが最終的に元忠を含む380名以上が討死に、または自害しました。しかも遺骸は関ヶ原の戦いが終わる約2ヶ月の間放置されたことから、その血痕や脂が床に染み付きました。家康は彼らの魂を成仏させるためこの床を養源院の天井に使用しました。

ガイドさんの指示に従って天井を見上げると実際に人の顔や手足の形をした血の跡が残っていて、不気味なようなそれでいて悲しい天井に心奪われました。

養源院でもう一つ有名なのは、桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍したとされる絵師・俵屋宗達によって描かれた杉戸絵と襖絵です。杉戸絵は引き戸に架空の動物が描かれており、『唐獅子図』、『波に麒麟図』、『白象図』の3点。襖絵は『金地着色松図』の1点です。これらは重要文化財に指定されています。


養源院の外にいた猫です。養源院の写真は撮り忘れました。

今回の散策で3回生が引退されました。寂しいですがいつでも遊びにいらして下さい!

寄稿 応用生物学課程2年 角

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