【7月散策】三宅八幡宮・御蔭神社

今年の7月散策は、7月14日に行われました。17名の方に参加して頂いた本散策では、三宅八幡宮と、御蔭神社を訪問しました。また、散策当日は小雨が降っていたものの、気温はあまり高くなく、歩きやすい天気でした。

三宅八幡宮

三宅八幡宮の歴史は、推古天皇の時代に始まります。遣隋使の小野妹子が、隋に向かう途中で病気になった際、妹子は宇佐八幡宮に祈願し、その病気を治してもらいました。その恩に報いるため、妹子が無事に遣隋使としての役目を果たしたのちに建立したのがこの三宅八幡宮です。

三宅八幡宮の御祭神は、八幡大神であり、この八幡大神は、第15代天皇、応神天皇と同一人物です。確実に実在をたしかめられる最初の天皇でもあります。全国的には武運の神として祀られています。しかし、明治天皇が幼少期の頃に病気になった時に、この神社に祈願をしたところ、快癒したという出来事から、三宅八幡宮では子供の神としても祀られています。他にも、地元の伝承から、虫退治の神様 として「害虫駆除」 などのご利益で知られており、このことから、三宅八幡宮は通称 「虫八幡さん」とも呼ばれて親しまれています。

そんな三宅八幡宮を有名にしている展示物は、重要文化財に指定されている絵馬でしょう。幕末から明治期にかけて、さまざまな近畿圏の参拝者達から神社に奉納された絵馬群は、参詣行列や参拝風景が見事に再現しており、育児や成人習俗、時代性や地域性を備えているため、資料的な価値を評価されています。また、その参拝の様子の再現度の高さは、絵馬を書いた絵師と奉納した側の人々との念入りなコミュニケーションを示唆しています。

御蔭神社

御蔭神社は、叡山電鉄八瀬比叡山口駅近くの、山深くにある神社で、我々が毎年特別拝観でのボランティアを行なっている下鴨神社の、摂社です。鴨大神が天から御蔭神社の地に降臨されたことが起源となっており、このことから御蔭神社のある山は、御生山(みあれやま)とも呼ばれています。御蔭神社の歴史は古く、綏靖天皇の御代である紀元前581年から存在しており、現在の社殿は1693年に造替されたものだとされています。

御祭神は、もちろん下鴨神社と同じ、玉依姫命と賀茂建角身命ですが、御蔭神社ではその二柱の荒御魂だけを祀っています。荒御魂とは御生れされたばかりの御神霊のことです。このことは先程述べた御蔭神社の起源と関連しています。

少しだけ舗装された山道を歩いた先にある、御蔭神社の本殿は、下鴨神社の本殿と同じように、玉依姫命の本殿と、賀茂建角身命の本殿が2つ並べられています。非常に簡素な作りの神社で、それ以外には神社に関する説明が書かれた看板が数枚あるだけです。ただ、下鴨神社の摂社であるためか、山を下った近くの土地には神饌田がありました。

御蔭神社にも神事があり、毎年5月12日には、賀茂祭(葵祭)に先だち、御蔭祭(御生神事)が行われています。御蔭祭は遅くとも室町時代の頃には行われており、祭の当日には、下鴨神社から錦蓋を飾った神馬を中心に、騎馬の神宮・楯・鉾・弓などの神具を捧げた多数の供奉の人々の行列がこの神社に詣り、午の刻に神霊が神馬に宿るまで待った後、下鴨神社に戻ります。また、毎月2日には、社参と称し奉幣が行われます。

また、散策当日は、祇園祭の期間中でした。散策終了後、散策に参加者のうちの有志とともに、祇園祭を見に行きました。

 

寄稿 2回生長野

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